I. エグゼクティブ・サマリー
本報告書は、株式会社オルツ(東証グロース:260A)に関して浮上した重大な会計不正疑惑について、現在までに得られている情報を分析・要約したものである。オルツは、パーソナル人工知能(P.A.I.)の研究開発を掲げ、2024年10月に東京証券取引所グロース市場に上場したAI関連企業である。しかし、上場からわずか半年後の2025年4月、主力製品であるAI議事録サービス「AI GIJIROKU」に関する売上高の過大計上疑惑が表面化した。
疑惑の内容としては、一部販売パートナー経由で計上された「AI GIJIROKU」の有料アカウント売上について、実際には利用実態がないにもかかわらず売上として計上されていた可能性が指摘されている。さらに、元従業員を名乗る人物からの内部告発とされる情報では、売上の大部分が架空である可能性や、広告宣伝費名目でのキックバック、売上を水増しするための循環取引など、より悪質な手口の存在も示唆されている。
この事態を受け、オルツの株価は連日ストップ安を記録するなど急落し、時価総額は大幅に減少した。現在、証券取引等監視委員会(SESC)および第三者委員会による調査が進行中であり、その結果が待たれる状況である。
株式会社オルツの主要ビジネス指標と会計不正疑惑の概要
II. はじめに:株式会社オルツと疑惑の表面化
株式会社オルツの概要
株式会社オルツ(東証グロース:260A)は、「P.A.I.」(パーソナル人工知能)の研究開発を事業の中核に据え、デジタルクローン技術を通じて「人の非生産的労働からの解放」を目指すとして、2014年11月に設立された企業である。同社は、要素技術の研究開発を進める一方で、その過程で生まれたAI対話エンジンや音声認識技術などを応用した製品群を展開している。
特に、2020年1月に提供を開始したAI自動議事録ツール「AI GIJIROKU」は、同社の主力製品であり、売上高の大部分(2024年12月期で93%)を占めるに至っていた。
上場と疑惑の表面化
オルツは、創業以来、複数のベンチャーキャピタル等から資金調達を実施し、AI分野における成長期待を背景に、2024年10月11日に東京証券取引所グロース市場へ新規上場を果たした。上場時の公募・売出し規模は約50億円前後と、グロース市場のIPOとしては比較的大型であった。
しかし、市場の期待を集めて上場したにもかかわらず、そのわずか半年後の2025年4月、同社の会計処理に関する重大な疑惑が浮上した。この疑惑が公になったのは、2025年4月下旬のことである。
株式会社オルツの沿革と会計不正疑惑発覚までの経緯
2014年11月
株式会社オルツ設立
「パーソナル人工知能(P.A.I.)」の研究開発を掲げる
2020年1月
「AI GIJIROKU」サービス提供開始
主力製品として売上の93%を占めるまでに成長
2024年10月11日
東証グロース市場に新規上場(IPO)
公募・売出し規模:約50億円
2025年4月初旬
証券取引等監視委員会(SESC)がオルツに対する調査開始
2025年4月25日
オルツ、第三者委員会設置と決算発表延期を公表
売上高過大計上の可能性を認める
2025年4月28日
オルツ株価、連日ストップ安を記録
年初来安値を更新
上場からわずか半年での会計不正疑惑発覚が市場に与えた衝撃は大きい。特に、IPOに際しては証券会社による引受審査や監査法人による監査など、企業の財務状況や内部管理体制に対する厳格なチェックが行われることが前提とされている。それにも関わらず重大な問題が短期間で露見したことは、IPOプロセスそのものの信頼性や、オルツが上場時に開示した情報の正確性に対する疑念を生じさせるものであった。
III. 疑惑の内容:会計不正の具体的手法と財務上の兆候
A. 「AI GIJIROKU」における売上高の過大計上
疑惑の中核は、主力製品である「AI GIJIROKU」の有料アカウントに関する売上高の過大計上である。オルツ自身の発表によれば、一部の販売パートナーから受注し計上した売上について、有料アカウントが実際にはエンドユーザーによって利用されていない、あるいは利用実態が極めて乏しいにもかかわらず、売上として認識していた可能性が認められた。
推定される会計不正の手法
B. 特定販売パートナー(株式会社ジークス)への依存と役割
オルツの売上構造における顕著な特徴として、特定の販売パートナーへの高い依存度が挙げられる。2024年12月期の有価証券報告書によると、株式会社ジークス(Ziecks)への販売実績が32億8395万円に達し、連結売上高の54.2%を占めていた。前事業年度においても同社への売上比率は38.5%であり、オルツの売上成長がジークスとの取引拡大に大きく依存していたことがわかる。
しかし、ジークスが主にCM・広告制作を手掛ける企業であることから、同社がAI議事録ソフト「AI GIJIROKU」を年間30億円以上も販売するという取引の実態について、市場関係者から疑問の声が上がっていた。広告制作会社がソフトウェア販売でこれほど巨額の売上を計上することの妥当性や、その取引が実需に基づいていたのかについて、疑念が持たれていたのである。
C. 財務諸表上の警告サイン(レッドフラッグ)
会計不正疑惑が表面化する以前から、オルツの公開財務情報には、潜在的な問題を示唆するいくつかの警告サイン(レッドフラッグ)が存在していたと分析されている。
オルツの財務指標と業界標準比較
最も顕著なのは、売上高が急成長しているにもかかわらず、営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)が一貫してマイナスであり、その赤字幅が拡大傾向にあった点である。2024年12月期には、売上高が約60億円に達した一方で、営業CFは▲24.2億円と巨額のマイナスを記録した。これは、報告されている売上が実際の現金収入に結びついていないことを強く示唆しており、架空売上や回収不能な売掛金の存在を疑わせる典型的な兆候である。
IV. 調査と会社の対応
A. 証券取引等監視委員会(SESC)による調査
オルツに対する会計不正疑惑が公になる直接的な引き金となったのは、証券取引等監視委員会(SESC)による調査であった。オルツの発表によれば、同社は2025年4月初旬よりSESCの調査を受けており、この調査を端緒として社内での確認を進めた結果、売上高の過大計上の可能性が認められたとしている。
第三者委員会(TPC)の設置
SESCによる調査開始を受け、オルツ経営陣は、疑惑に関する事実関係を解明するため、独立した第三者委員会(TPC)を設置することを決定し、2025年4月25日にその旨を公表した。同社は、調査の専門性及び客観性を確保する必要があると判断したため、会社と利害関係を有さない外部の弁護士及び公認会計士によって構成される委員会に調査を委ねるとしている。
第三者委員会のメンバー構成
- 委員長: 小山 太士 氏(弁護士、弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所)
- 委員: 白井 真 氏(弁護士、光和総合法律事務所)
- 委員: 那須 美帆子 氏(公認会計士、PwCリスクアドバイザリー合同会社)
オルツの公式発表と対応
第三者委員会の設置発表と同時に、オルツは株主や投資家、市場関係者、取引先等に対して、多大な心配と迷惑をかけるとして謝罪の意を表明した。公式発表においては、「AI GIJIROKU」の有料アカウントに関し、一部販売パートナーから受注し計上した売上について、「有料アカウントが実際には利用されていないなど、売上が過大に計上されている可能性が認められました」と、疑惑の存在を認める表現を用いている。
また、オルツは第三者委員会による調査に時間を要することを理由に、当初2025年5月14日に予定していた2025年12月期第1四半期決算短信の開示を延期することも発表した。今後の決算発表スケジュールについては、調査の進捗状況を踏まえて適切に対応するとしている。
現在進行中の調査プロセスと今後の見通し
V. 市場及び事業への影響
株価の動向
疑惑が表面化した2025年4月下旬以降、オルツの株価(東証グロース:260A)は暴落した。疑惑発覚直後の市場では売り注文が殺到し、連日にわたってストップ安(一日の値幅制限の下限)水準まで売り込まれる展開となった。
具体的には、2025年4月25日の終値が417円であったのに対し、週明けの4月28日には前日比80円安(-19.18%)の337円で取引を終え、年初来安値を更新した。この日の取引では、始値からストップ安水準に張り付き、買い注文が極端に少ない状態が続いたことがうかがえる。これは、2025年2月19日につけた年初来高値731.0円から半値以下への急落であり、事態の深刻さを物語っている。
オルツ株価推移 (2024年10月~2025年4月)
企業評判とステークホルダーの信頼
上場から短期間での会計不正疑惑は、オルツの企業評判とステークホルダーからの信頼を著しく毀損した。特に、AIという先進技術分野で成長を期待されていた企業であっただけに、その裏切りに対する失望感は大きい。
インターネット上の金融掲示板やSNSでは、株主からの悲鳴や怒りの声、経営陣への批判が多数見受けられる。中には、「上場ゴール詐欺疑惑」といった厳しい言葉で非難する向きもある。株主の権利保護の観点から、山崎・丸の内法律事務所が株主向けの無料法律相談窓口を開設するなど、将来的な株主代表訴訟等に発展する可能性も示唆されている。
事業運営とパートナーシップへの影響
会計不正疑惑は、オルツの具体的な事業運営にも影響を及ぼし始めている。疑惑発覚後、オルツとの協業を公表していたデロイト トーマツ コンサルティング合同会社が、関連する対談記事等をウェブサイトから削除したことが確認されている。これは、協業相手がオルツとの関係性による自社へのレピュテーションリスクを回避しようとした動きと見られ、パートナー企業からの信頼が揺らいでいることを示す事例である。
会計不正疑惑による多方面への影響
VI. 専門家による分析と外部からの精査
財務アナリスト・会計専門家による分析
多くの財務アナリストや会計専門家は、疑惑発覚以前のオルツの財務諸表に、会計不正を示唆する複数の危険信号が存在していたと指摘している。特に、売上高の急成長と営業キャッシュフローの大幅なマイナスとの乖離、売掛金の異例な増加、そして売上高に対する極端に高い広告宣伝費比率は、粉飾決算の典型的な兆候として挙げられている。
一部の分析では、2024年12月期の売上高約60億円に対し、従業員数(正社員)が非常に少ない(例:37名、あるいは営業担当16名で41億円の売上との指摘も)ことから、報告されている売上規模自体が非現実的であるとの見方も示されている。
監査法人・主幹事証券会社への精査
オルツの会計監査を担当していたのは、監査法人シドーである。上場直後に重大な会計不正疑惑が発覚したことから、監査法人シドーによる監査の質と実効性に対して、厳しい目が向けられている。
同様に、オルツのIPOにおける主幹事証券会社は、大和証券株式会社であった。IPOプロセスにおける主幹事証券会社は、引受審査(デューデリジェンス)を通じて、上場を目指す企業の事業内容、財務状況、内部管理体制等を詳細に調査し、投資家に提供される情報の正確性・妥当性を担保する重要な役割を担う。オルツが上場後わずか半年で会計不正疑惑に見舞われたことから、大和証券による引受審査が十分であったのかについて、市場から疑問の声が上がっている。
内部告発者とされる人物による証言
オルツの会計不正疑惑を巡っては、元従業員を名乗る人物による内部告発とされる情報が、YouTubeチャンネルなどを通じて複数発信されており、事態の解明に影響を与えている。
内部告発情報に基づく会計不正疑惑の内部構造
これらの告発内容は、現時点ではあくまで一方的な主張であり、第三者委員会による客観的な事実確認が必要である。しかし、その具体性や複数の情報源からの類似した証言は、オルツ社内の内部統制やガバナンス体制に深刻な問題が存在した可能性を強く示唆している。もしこれらの告発が事実であれば、会計不正は単なる経理担当者の問題ではなく、組織的な不正行為、あるいは経営陣の指示・黙認のもとで行われていた可能性も否定できない。
VII. 現状と今後の見通し
2025年4月末現在、株式会社オルツは、証券取引等監視委員会(SESC)および自社が設置した第三者委員会の両方による調査を受けている状況にある。第三者委員会による調査には時間を要するため、2025年12月期第1四半期の決算発表は延期されており、新たな発表時期は未定である。一部報道では、第三者委員会の調査報告書の提出時期は、2025年6月末頃が目処とされている。
今後の展開シナリオ
今後の展開は、第三者委員会の調査結果に大きく左右される。調査によって会計不正の事実が認定された場合、オルツは以下のような深刻な事態に直面する可能性がある。
- 財務諸表の大幅な修正: 過去に遡って財務諸表の訂正が必要となり、売上高や利益が大幅に下方修正される可能性がある。場合によっては、債務超過に陥るリスクも考えられる。
- 規制当局による処分: SESCの調査結果に基づき、金融庁から課徴金納付命令や業務改善命令などの行政処分が科される可能性がある。悪質な場合には、刑事告発に至る可能性もゼロではない。
- 上場廃止リスク: 不正会計の内容や規模、内部管理体制の不備などが重大であると判断された場合、東京証券取引所の上場維持基準に抵触し、監理銘柄・整理銘柄への指定を経て、最終的に上場廃止となる可能性がある。
VIII. 結論
株式会社オルツを巡る会計不正疑惑は、2024年10月の上場からわずか半年で表面化した、極めて深刻な事案である。本報告書で分析した通り、主力製品「AI GIJIROKU」に関する売上高の過大計上疑惑を核心とし、証券取引等監視委員会(SESC)の調査を契機に、内部告発とされる情報や財務諸表上の警告サインによって裏付けられつつある。
オルツは第三者委員会を設置し、決算発表を延期するなど対応に追われているが、株価は暴落し、市場や取引先からの信頼は大きく失墜した。本件は、オルツ自身の問題に留まらず、IPOプロセスにおける監査法人シドーの監査、主幹事である大和証券の引受審査の適切性にも疑問を投げかけており、資本市場のゲートキーパー機能に対する信頼を揺るがしかねない。
本事例から導き出される教訓と示唆
内部告発とされる情報が示唆するような、経営陣のガバナンス意識の欠如や内部統制の形骸化が事実であれば、AIという先進技術分野への期待感や、急成長を追求するプレッシャーの中で、基本的な企業倫理や財務規律が疎かにされた可能性が高い。これは、技術的な革新性や将来性が、健全な経営基盤や財務の健全性を代替するものではないことを示す、重要な教訓である。
今後の焦点は、第三者委員会による調査報告の内容である。報告書によって不正の全容が解明され、原因分析と責任の所在が明確にされることが期待される。その結果に基づき、オルツは財務諸表の修正、規制当局からの処分、訴訟リスク、そして上場廃止の可能性といった厳しい現実に直面することになるだろう。
本件は、AIをはじめとする急成長セクターにおける企業経営のあり方、投資家による企業評価、そして資本市場の健全性維持に向けた制度のあり方について、多くの示唆を与えるものである。技術の魅力や成長ストーリーに目を奪われることなく、財務情報の信頼性、キャッシュフローの実態、ガバナンス体制といった企業の基礎体力を冷静に見極めることの重要性を、改めて浮き彫りにしたと言える。オルツがこの危機を乗り越え、信頼を回復できるか否かは、今後の調査の進展と、同社自身の真摯な対応にかかっている。