H53007:植物の水分循環と体内構造

蒸散(じょうさん)と導管システムの理解

作成日: 2025年4月8日

バージョン: 2.2

1. 蒸散(じょうさん)とは

蒸散の基本概念

蒸散(じょうさん)とは、植物が体内の水分を水蒸気として主に葉から放出する現象です。この過程は植物の生存に不可欠であり、複数の重要な生理機能を支えています。

蒸散の主な役割

  • 根からの水分吸収促進:新しい水と養分を吸収するための駆動力となる
  • 体温調節:水の蒸発による冷却効果で葉の温度上昇を防ぐ
  • 体内水分量の調節:植物体内の水分バランスを最適に保つ

蒸散を促進する条件

  • 日射が強い時(光の強さ)
  • 気温が高い時
  • 風が強い時(空気の流れ)
  • 湿度が低い時(乾燥した環境)

蒸散の可視化実験

植物にビニール袋を被せると、蒸散で放出された水蒸気が袋の内側に水滴として凝縮する。コバルト紙は水に触れると青から赤に変色し、葉の裏面(気孔が多い)で変色が顕著になる。

2. 植物体内の構造と水の経路

導管システムの概要

植物体内の水分や養分の移動は、複雑な管状組織システムによって行われます。このシステムは大きく分けて木部(もくぶ、導管)師部(しぶ、師管)の2つの組織から構成されています。

木部(導管)と師部(師管)の役割

組織 位置 (茎) 主な役割
木部(導管) 内側 根から吸収した水と無機養分を上方(葉など)へ運ぶ
師部(師管) 外側 葉で作られた有機養分(主に糖分)を全身に運ぶ

単子葉植物と双子葉植物の維管束の違い

単子葉植物(例:トウモロコシ) 双子葉植物(例:ホウセンカ)
維管束が茎全体に散らばる 維管束が輪状に並ぶ
形成層がない(太くなりにくい) 形成層がある(成長と共に太くなる)
双子葉植物 師部(外) 木部(内) 形成層 単子葉植物 (維管束が散在)

双子葉植物と単子葉植物の茎の横断面における維管束配置の比較

赤色水による水の移動経路の可視化 維管束が混ざらない証明実験

色水を使った実験で確認できる植物体内の水の通り道(木部)

3. 葉の構造と気孔の働き

気孔の構造と機能

表皮細胞 孔辺細胞 気孔 (開口部)

気孔(きこう)は、植物の葉の表面(特に裏面)に存在する微小な開口部で、ガス交換と水蒸気放出の役割を担っています。

  • 二酸化炭素の取り込み(光合成に必要)
  • 酸素の放出(光合成の副産物)
  • 水蒸気の放出(蒸散の主要経路)

※ 気孔の開閉は孔辺細胞の膨圧変化によって調節され、植物の水分状態や環境条件に応じて変化します。

葉の断面構造

表側表皮 柵状組織 (光合成活発) 海綿状組織 (ガス交換) 裏側表皮 (気孔多い) 木部 師部 葉脈 気孔

葉の組織構造の特徴

  • 表側表皮:クチクラ層が発達。
  • 柵状組織:葉緑体が多く、光を効率よく吸収。
  • 海綿状組織:細胞間に隙間が多く、ガス交換がしやすい。
  • 裏側表皮:気孔が多く、蒸散とガス交換の主な場所。

葉脈(維管束)の構造

  • 木部(導管):葉の表側に近い方に位置。
  • 師部(師管):葉の裏側に近い方に位置。

葉脈は根や茎の維管束と繋がり、植物全体で物質を輸送します。

4. 蒸散量の測定と解析

蒸散量の測定実験

葉の部位別蒸散量測定実験 A: 自然状態 15mL減少 B: 表側ワセリン 13mL減少 C: 裏側ワセリン 3mL減少 D: 両面ワセリン 1mL減少

実験の方法

  1. 同じ大きさの植物と水の入った試験管を4つ用意する。
  2. 水面からの蒸発を防ぐため、水面に油を少量たらす。
  3. 条件に応じて葉の表面や裏面にワセリンを塗り、気孔を塞ぐ。
    • A: 何も塗らない(対照)
    • B: 葉の表だけに塗る
    • C: 葉の裏だけに塗る
    • D: 葉の両面に塗る
  4. 一定時間(例:1時間)置き、それぞれの水分減少量を測定する。

実験結果の解析

条件 蒸散部位 水分減少量
A 表 + 裏 + 茎 15mL
B 裏 + 茎 13mL
C 表 + 茎 3mL
D 茎のみ 1mL

部位別蒸散量の算出

  • 茎から: D = 1mL
  • 葉の表面から: C - D = 3mL - 1mL = 2mL
  • 葉の裏面から: B - D = 13mL - 1mL = 12mL
  • 全体 (A): 1mL + 2mL + 12mL = 15mL (計算が合うことを確認)

この結果から、葉の裏面からの蒸散量が最も多く(全体の80%)、表面からの蒸散は少ない(約13%)ことが分かります。

5. 環境適応と蒸散戦略の多様性

環境による蒸散戦略の違い

植物は生育環境に応じて、独自の方法で蒸散を調節しています。特に水が少ない環境では、水を大切に使う工夫が見られます。

異なる環境の植物の適応例

環境 代表的な植物 蒸散の特徴・工夫
乾燥地帯 サボテン、多肉植物 ・夜間に気孔を開く (CAM型光合成)
・葉を小さく/針状にする、茎を太くする
水生環境 スイレン、オオカナダモ ・気孔が少ないか、水面に接しない葉の表側にある
・体表から直接水を吸収
温帯 多くの草木 ・昼間に気孔を開き、夜閉じる
・乾燥すると気孔を閉じる、落葉する

CAM型光合成と蒸散制御

夜間 🌙 気孔 開 CO₂ 取り込み (有機酸で貯蔵) 昼間 ☀️ 気孔 閉 貯蔵CO₂で 光合成

CAM型光合成は、主に砂漠などの乾燥地帯の植物(サボテンなど)に見られる戦略です。

  • 夜間: 気温が低く蒸散量が少ない間に気孔を開けてCO₂を取り込み、リンゴ酸などの有機酸に変えて貯蔵する。
  • 昼間: 気孔を閉じて水分の損失を防ぎつつ、夜間に貯めた有機酸からCO₂を取り出して光合成を行う。

これにより、水分の蒸散を最小限に抑えながら光合成を行うことができます。

蒸散と植物進化の関係

蒸散をコントロールする仕組みは、植物が水の中から陸上に進出する上で非常に重要でした。陸上環境に適応するために、植物は以下のような特徴を獲得しました:

  • クチクラ層:体表面からの水分の蒸発を防ぐワックス層。
  • 気孔:ガス交換と蒸散を調節できる開閉可能な穴。
  • 維管束:根から吸収した水を効率よく体全体に運ぶ管。
  • :土壌から水分や養分を吸収する器官。

これらの進化により、植物は乾燥しやすい陸上でも生きられるようになり、多様な環境へと広がっていきました。