1. 蒸散(じょうさん)とは
蒸散の基本概念
蒸散(じょうさん)とは、植物が体内の水分を水蒸気として主に葉から放出する現象です。この過程は植物の生存に不可欠であり、複数の重要な生理機能を支えています。
蒸散の主な役割
- 根からの水分吸収促進:新しい水と養分を吸収するための駆動力となる
- 体温調節:水の蒸発による冷却効果で葉の温度上昇を防ぐ
- 体内水分量の調節:植物体内の水分バランスを最適に保つ
蒸散を促進する条件
- 日射が強い時(光の強さ)
- 気温が高い時
- 風が強い時(空気の流れ)
- 湿度が低い時(乾燥した環境)
蒸散の可視化実験
植物にビニール袋を被せると、蒸散で放出された水蒸気が袋の内側に水滴として凝縮する。コバルト紙は水に触れると青から赤に変色し、葉の裏面(気孔が多い)で変色が顕著になる。
2. 植物体内の構造と水の経路
導管システムの概要
植物体内の水分や養分の移動は、複雑な管状組織システムによって行われます。このシステムは大きく分けて木部(もくぶ、導管)と師部(しぶ、師管)の2つの組織から構成されています。
木部(導管)と師部(師管)の役割
組織 | 位置 (茎) | 主な役割 |
---|---|---|
木部(導管) | 内側 | 根から吸収した水と無機養分を上方(葉など)へ運ぶ |
師部(師管) | 外側 | 葉で作られた有機養分(主に糖分)を全身に運ぶ |
単子葉植物と双子葉植物の維管束の違い
単子葉植物(例:トウモロコシ) | 双子葉植物(例:ホウセンカ) |
---|---|
維管束が茎全体に散らばる | 維管束が輪状に並ぶ |
形成層がない(太くなりにくい) | 形成層がある(成長と共に太くなる) |
双子葉植物と単子葉植物の茎の横断面における維管束配置の比較
色水を使った実験で確認できる植物体内の水の通り道(木部)
3. 葉の構造と気孔の働き
気孔の構造と機能
気孔(きこう)は、植物の葉の表面(特に裏面)に存在する微小な開口部で、ガス交換と水蒸気放出の役割を担っています。
- 二酸化炭素の取り込み(光合成に必要)
- 酸素の放出(光合成の副産物)
- 水蒸気の放出(蒸散の主要経路)
※ 気孔の開閉は孔辺細胞の膨圧変化によって調節され、植物の水分状態や環境条件に応じて変化します。
葉の断面構造
葉の組織構造の特徴
- 表側表皮:クチクラ層が発達。
- 柵状組織:葉緑体が多く、光を効率よく吸収。
- 海綿状組織:細胞間に隙間が多く、ガス交換がしやすい。
- 裏側表皮:気孔が多く、蒸散とガス交換の主な場所。
葉脈(維管束)の構造
- 木部(導管):葉の表側に近い方に位置。
- 師部(師管):葉の裏側に近い方に位置。
葉脈は根や茎の維管束と繋がり、植物全体で物質を輸送します。
4. 蒸散量の測定と解析
蒸散量の測定実験
実験の方法
- 同じ大きさの植物と水の入った試験管を4つ用意する。
- 水面からの蒸発を防ぐため、水面に油を少量たらす。
- 条件に応じて葉の表面や裏面にワセリンを塗り、気孔を塞ぐ。
- A: 何も塗らない(対照)
- B: 葉の表だけに塗る
- C: 葉の裏だけに塗る
- D: 葉の両面に塗る
- 一定時間(例:1時間)置き、それぞれの水分減少量を測定する。
実験結果の解析
条件 | 蒸散部位 | 水分減少量 |
---|---|---|
A | 表 + 裏 + 茎 | 15mL |
B | 裏 + 茎 | 13mL |
C | 表 + 茎 | 3mL |
D | 茎のみ | 1mL |
部位別蒸散量の算出
- 茎から: D = 1mL
- 葉の表面から: C - D = 3mL - 1mL = 2mL
- 葉の裏面から: B - D = 13mL - 1mL = 12mL
- 全体 (A): 1mL + 2mL + 12mL = 15mL (計算が合うことを確認)
この結果から、葉の裏面からの蒸散量が最も多く(全体の80%)、表面からの蒸散は少ない(約13%)ことが分かります。
5. 環境適応と蒸散戦略の多様性
環境による蒸散戦略の違い
植物は生育環境に応じて、独自の方法で蒸散を調節しています。特に水が少ない環境では、水を大切に使う工夫が見られます。
異なる環境の植物の適応例
環境 | 代表的な植物 | 蒸散の特徴・工夫 |
---|---|---|
乾燥地帯 | サボテン、多肉植物 | ・夜間に気孔を開く (CAM型光合成) ・葉を小さく/針状にする、茎を太くする |
水生環境 | スイレン、オオカナダモ | ・気孔が少ないか、水面に接しない葉の表側にある ・体表から直接水を吸収 |
温帯 | 多くの草木 | ・昼間に気孔を開き、夜閉じる ・乾燥すると気孔を閉じる、落葉する |
CAM型光合成と蒸散制御
CAM型光合成は、主に砂漠などの乾燥地帯の植物(サボテンなど)に見られる戦略です。
- 夜間: 気温が低く蒸散量が少ない間に気孔を開けてCO₂を取り込み、リンゴ酸などの有機酸に変えて貯蔵する。
- 昼間: 気孔を閉じて水分の損失を防ぎつつ、夜間に貯めた有機酸からCO₂を取り出して光合成を行う。
これにより、水分の蒸散を最小限に抑えながら光合成を行うことができます。
蒸散と植物進化の関係
蒸散をコントロールする仕組みは、植物が水の中から陸上に進出する上で非常に重要でした。陸上環境に適応するために、植物は以下のような特徴を獲得しました:
- クチクラ層:体表面からの水分の蒸発を防ぐワックス層。
- 気孔:ガス交換と蒸散を調節できる開閉可能な穴。
- 維管束:根から吸収した水を効率よく体全体に運ぶ管。
- 根:土壌から水分や養分を吸収する器官。
これらの進化により、植物は乾燥しやすい陸上でも生きられるようになり、多様な環境へと広がっていきました。